重症不整脈から心停止を来した彼は、当然意識消失(要するに、心臓が止まった状態)ののち、外来での蘇生騒ぎを経て、目覚めた時、彼はすでに集中治療室の人だったのです。あの心停止が病院に着く前に起こっていたら、彼はきっと助からなかったと思います。もっと言えば、外来の診察用ベッドの上でだったから、助かったようなもの。そのくらい、彼が助かったこと自体、奇跡に近いことだったのです。しかし、それだけ入院を拒否した人の割には、彼はリラックスした入院生活を送っていました。病棟に上がる際は強く個室を希望されたので、病室で仕事でもするのかな、と懸念したのですが、指示された安静をきちんと守り、いたって穏やかに日を過ごされたのです。彼は看護師一人一人のことを実によく見ていました。未熟者の私などは、自分の気づかないところを指摘されてどきりとすることがしばしば。そんな面でも、私には忘れられない患者さんなのです。季節は梅雨でした。「毎日雨で、嫌になっちゃいますね」検温の時に話しかけた私の顔は、よっぽど沈んでいたんでしょう。彼は、恰幅のいい身体を揺すって、本当に楽しそうに笑い出しました。「本当に雨が嫌いなんだね」「わかりますか?本当に嫌いなんですよ」「だって、本当に嫌そうに言うよ。勤務の日、雨だと。ご機嫌もちょっと悪い、かな」どきり。看護師として、なるべく機嫌のいい悪いは見せないようがんばってきたつもりなのですが、やはり、私の努力も自然の力の前にはかなわないようです。それ以来私は、雨の日の笑顔には、特に気をつけるようになりました。